葉巻人|田中彰伯

2016-09-30

南青山のフランス料理店「レ・クリスタリーヌ」のオーナーシェフ、田中彰伯さんはスモーカーだ。シガーの本場フランスでキャリアをスタートしたので、シガーについてもフランスの目で見ている。ごく当たり前にシガーがそばにあった環境で過ごした方から伺えるのは、とても興味深いシガーストーリーだ。

 

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フランスのレストランの香りは、香水と葉巻と料理の香り。

「最初にシガーを吸ったきっかけは、やはりフランスですね。僕は23歳から修行にフランスに渡って、それから5年間、向こうにずっと住んでました。

はじめてシガーを見たのがね、フランスでなんですよ。フランスのレストランの香りって、今では考えられないけれど、香水と葉巻と料理の香りなんです(笑)それが全部混じった香りが、レストランの香りなんです。どこもそうなんですよね。フランスの男は夜の食事には絶対に女性を連れてきますし、またその女性たちは浴びるほど香水を付けている。いまはもうフランスは店内全部禁煙ですから、あの頃の香りはもう嗅げません、ちょっと残念ですけどね(笑)

そうそう、フランス人はパリのメトロの香りを『浮浪者の匂いとゴロワーズの香り』なんて言うんですよ(笑)ゴロワーズは日本のピースみたいな感じかな。僕もよく吸っていました。当時ヨーロッパにピース缶をお土産によく持って行ってました。みんな大喜びですよ、缶の中にこんな美味しいタバコが入ってるのか、って(笑)

 

レストランで仕事していると、支配人が月に二回くらいシガーの箱を5・6箱積んで、買い出しから戻ってくるんですよ。お店に置くシガーなんですね。

店内ではヒュミドールには入れていなくて、お客さんにシガー何がある?って聞かれたら箱から直接バラバラッと持っていく。それが普通なんです。支配人も普通にシガーを吸ってますからね。咥えながらワイン整理してたりグラス拭いてたり。もうね、シガーが生活の一部になっているんです。

 

僕がびっくりしたのは、ある雨の日に道を歩いていたとき。パリはイヌの糞がすごいんですよ。道のそこらじゅうに落ちてる。油断してああ踏んじゃった!と思ってよく見たら違う、シガーだ……(笑)

シガーの吸い殻がポコポコ、パリの舗道には落っこちてるんですよ。お洒落だな〜と思いましたね(笑)日本じゃ考えられないじゃないですか。これがまた踏むと滑るんですよ。

それは、決してみんなが歩きシガーしてるからじゃないんですね。踏むところは決まってキャフェの前なんです。なぜならキャフェではシガーやりつつお茶して、道にポイと。キャフェには灰皿ないですから。全部道に捨てるんで。昔のヨーロッパのバーと同じ。吸い殻も食べ滓も全部床に捨てるんです。バルなんかは、床がゴミだらけなほどお客さんがたくさん入っている証拠なので、人気店の目印代わりにされたんです。

 

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当時は1983年。本当にびっくりしましたよ。まるで日本と違うので。でも、そんなところに最初に行って仕事をしていたので、それが普通になりました。

自分でもシガーを吸うようになったのが、その2年後ぐらい。それまではタバコを吸っていましたが、そういう環境だったのでちょっとシガーを吸おうかなと思って。

それでシガーを吸いたいなと言ったときに、支配人やシガー吸いの友達に、お前シガー初めてか、じゃあこれはいいんじゃない?って、パルタガスのサンク・チコ(5本入りチコ)を渡されました。ヘッドを切らずに吸える、セロファン入りのやつです。サイズもキャフェで吸うのにちょうどよくて。それがはじめてのシガーで、そこからはじまりました。

 

最初の慣れないうちはくらくらしたりしましたけれど、すぐに慣れました。吸い方も教えてもらったし。

そんな事をしていくうちに、だんだんバーにも行くようになって、パリのハリーズ・バーに入り浸っていました。5大バーに必ず入るバーですね。僕はここの大ファンで、ハリーズ・バー100周年に招待してもらったりしました。あとリッツ・パリのヘミングウェイ・バー。その両方のバーマンはみんな仲が良いんで、当時みんなしてシガーを吸いました。なんか、煙があって当たり前なんですよね、あっちの人たちは。

そんな中でシガーを覚えたので、日本に帰ってきたときにシガーを吸いに行って、吸い方とか火の付け方とか細かいな、あーそういうルールもあるんだな、と思った記憶がありますね。シガーの本とか日本に帰ってから読んでみました。フランスでは、火が付けばいいんで。

だからね、火をつけるときにこうなんだ、これじゃないといけないって言われても、そんなの聞いた事ないしなあ、って。

 

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パルタガス サンク・チコ。初めて手に取ったシガーはいつまでも忘れない。

 

あれですよ、イタリア人がレシピ見ながらお茶漬け作るのと同じですよ。

イタリアでは、お茶漬が自分の文化じゃないから分からないんですよ、だからレシピ見ながら、ご飯何グラム、お茶っ葉何グラム、何度のお湯何cc……ってお茶漬け作るのにレシピが必要になるのと同じ。日本人はそんなことしないですよね。あっちから見たら物差しがないから説明書が必要になるんですね。で、レシピなんてないから作ってしまう。

日本のフランス料理も同じです。当時、日本でフランス料理を作るには参考にするものは書物しかなかったから、たとえばタマネギをよく炒めて、鳥のブイヨンを入れて、煮てオニオングラタンスープを作るんですけど、『タマネギをよく炒めて』ってどこまで炒めるのか分からない。真っ黒くなる佃煮まで炒めるんですよね、日本人は。塩梅が分からないんです。だから甘ったるくて濃くなるし、こんなオニオングラタンスープはフランスにないけどな……ってなるんです(笑)

向こうに行くと、本当に日本人がお茶漬けを作るようにオニオングラタンスープを作りますから。僕はシガーもそんな事じゃないかな、と思って見てました。日本に来ると向こうと全然違うんですよね。

 

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シガーの好みでいうとモンテクリストやコイーバ、パンチやパルタガス、トリニダ。サイズはロブストとかが好きなんですが……なんだろう。僕はシガーが吸いたくなるからお酒を飲みにいく、って感じなんです。

お酒を飲んでついでにじゃなく、僕はシガーありきなんです。だから家でも会社でもシガーは吸わない。それで、シガーが吸いたくなってお店入ったときに、シガーNGだと困るのでコイーバのクラブをいつも持っています。

タバコをやめて、シガーを楽しむ時間を作る、という感じになりました。惰性で煙を吸うのではなく、『シガーを吸うため』。シガーは吸うとどんどん味わいが濃くなっていくから、それに合わせてドリンクも変えていく。それが美味しいんですよね、バランス的に。濃いワインにはどんな料理、じゃないけれど。面白いんですよね」

 

シガーが生活の一部という文化が、そこにあった。

「シガーを楽しむお店はだいたい決まってるんです。骨董通りのJADAと、あとはコネスールですね。六本木、渋谷、銀座……そして恵比寿のウェスティンホテルのシガークラブ

僕、ヒュミドールを持たないんで、バーのシガーを吸うんです。

男の子なんで、メンコとかビー玉とかみたいに、集めだしたらきりがないでしょ。だからね、手元にまとめられないようにしてるんです(笑)

バーも好きなんですけれど、バーツールを集めようとかも考えないです。

バー好きな人も最初だけなんですよ、シェイカーやマティーニグラスとかを買い集めるのは。そのうち使わなくなって埃だらけになる(笑)酔っぱらって飲んでるから楽しいのであって、作りながらは飲み続けられないんですよね。

たとえば、僕はプロバンスにも住んでいたんですけれど、友達のヨットハーバーに行くと、シェイカーでジントニックなんかを作ってるんですよ。シェイカーでシェイクしたその中にトニックウォーター入れちゃうんです。で、そのままシェイカーで飲みながらシガーを燻らす。だから5人いたらシェイカー5個なんですよ。めんどくさいんだっていうんですよ、グラスにいちいち注ぐのが、って。いい意味で合理的で。

さっきのお茶漬けじゃないですけれど、そんな感じなんですよね。もう完全に生活の一部に入ってる。

そんな生活を見てたりするから、面白いなあ、なんか生活の一部に入っているっていうのはこういうことなんだなあ、って感心しましたね。

ある人がサイドカー作ってるのを見ててね、本当に鼻歌歌いながらちゃちゃっと作って、見ていると楽しいんですよ。いい国だな、と思いました。海でシガーを吸うと美味しいですしね」

 

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プロヴァンスの海辺。シガーが映えるロケーション。

 

シガーの方がプライオリティが上。お酒は「合わせる」。

「シガーをやるようになってから、バー利用の数が全然増えました。もうシガーを知ってからは、バー。シガーならバー。

以前までは結構、ワインでシガーをやっていたんです。あとはマール、フィーネ、オー・ド・ヴィー。フランス産のものが好きで。でも、今ではもう手が出ないですね。

今はウイスキーに目覚めたっていうか、シガーは絶対こっちだな、って。マールでもフィーネでもない。シガーありきでドリンクは選ぶ。

別にワインでも良いんです。よく僕らの業界でも『シガー吸いながらワイン飲んでる人いるけど、ワインの味分からないでしょ』って。でも、そうじゃない。シガーの味は分かる。

 

シガーの方がプライオリティが上。で、ワインは葡萄酒が飲みたいだけだから、鼻にかかるようなアルコール分が高くないようなもので、常温よりもちょっと冷たくて、白みたいにさっぱりしてなくてタンニンがあって、ウイスキーほど度数が強くない……そういうワインでもいいんですよ。あとはウイスキーの水割り。薄ーい水割りは合わないから、それならワインがいいですよね。このあたりは好みだけれど。

だから、干しぶどう食べながらシガー吸ってても美味しい。なのでタンニンの強いワインは合うんですよ」

 

シガーに関するフランスの衝撃的な思い出。

「ハリーズ・バーで飲んでたときの話なんですがね。四人くらいでみんなシガーを吸ってたんですよ。

で、ひとりがシガーリングを付けてた。あとの3人は取ってるんですよ。その3人はイギリス人。なんて言ったと思います?

『おいお前、フランス人じゃないんだからリングを取れよ』

なんでそんな事言ったの?って聞いたら、隣にいたフランス人が『え、カッコいいじゃん?』って。俺の方が高いの吸ってんだよ、って(笑)それから僕はリング外すようになりましたね(笑)

どっかに引っ掛けたか、穴が空いてしまったシガーにカウンターで借りたセロテープを巻いて吸っていたおじいちゃんもいましたね(笑)セロテープで補修する、というのがもう日用品という感覚で面白いですね。

 

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パリの思い出のバー、ハリーズ・バー。

 

レストランで食事が終わって、シガーを何口か吸っただけ帰っちゃう人がいるんですよね。そうやってお客さんが残したシガーを、もったいないらしくてホールのスタッフは取ってたみたいで。

見習いの下の子たちもシガーを吸いたいみたいでね。

あるとき『そこの引出しにマッチが入ってるから取ってくれ』って言われて、引き出しを開けたら吸いかけのシガーが山盛り入ってて、汚い!なんだこれは、って聞いたら吸えそうなやつをとってあるんだ、って(笑)その中にマッチが入ってるんだから危ない危ない(笑)

それもちゃんとカットして入れてるわけじゃないから引き出しの中は灰だらけ煤だらけで。仕事が終わると、若い子たちはそこからシガーを持ってキャフェに行って燻らせてたらしいんですよ」

 

シガーを「食べる」。好きなようにやってみる。

「フランスでは、とにかく料理の研究に没頭してました。20代ですから、ギラギラなんですよ。新しい料理を探ってやろうって。生きてるもの全部料理したいんじゃないの、くらいでね。

そういう人たちで集って、酔っぱらってくると『きっと象の鼻は美味いと思うよ』『いやキリンの首の肉は美味い』とか料理人同士でそんな話をしていました。料理人って食べられない、食べちゃいけないものにも興味を持つ人が多いんですよ。50代60代になってくるとさすがに丸くなってそこまでではなくなるんですけれど、そのころはちょっと頭がおかしいくらいでしたね。

そんなころに、シガーのグラニテを作ってみました。

シガーをお湯で煎じて、シロップで溶いて、グラニテにしたんです。シャーベットですね。……それを食べて、気持ち悪くなりました(笑)食べるもんじゃないね、シガーは。そんな経験もしました。でも、食べないと分からないですし。

とりあえず調理場にあるものは全部口にする。なんだろうね、やっぱり食の研究してる人たちは面白いですよ」

 

記憶を呼び覚ます、高貴な香り。

「シガーと出会えてよかったなと思うのはやっぱり、吸ってる時が一番……いろんな時間を思い出すというか。目をつぶって吸っていると、フランスにいた時と同じ香りだし、お酒の味も思い出す。記憶を呼び覚ましてくれるんです。

そして、思い出すとそのお酒が飲みたくなる(笑)『あ、あれ飲みたいな!失敗した、まだシガーが半分残ってた……』なんてこともありますが(笑)

僕はシガーの香りを『高貴な香り』って呼んでるんですが、この高貴な香りが記憶を呼び戻して、つかのま幸せにしてくれる。その高貴な香りとともに、思い出深いウイスキーやワインやシャンパンを、いろんなものを合わせると、あのときの情景が目に浮かんでくる。

 

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シザー、パンチ、Vカッター、ライターはいつも持っている道具。シガーチューブは日本の技術が光る、密閉できる優れもの。

 

よく『これとこれの組み合わせは良くない、シャンパンなんてとんでもない』という方もいますよね。けれど、僕は料理人だけれど、たとえばシガー吸いながらステーキ食べて冷やしたソーテルヌを飲んだりするのも、なかなか乙なもんじゃないかな、と思うんです。

タバコ吸いながら焼き鳥屋でレバー食べながらホッピー飲むようなものでね。味の濃いレバーを食べてホッピーでぱーっと口をゆすいで喉を冷たくしてタバコを吸うのと、同じだと思うんです。

合わせるもののバラエティで過ごせる時間が違ってくる。そういうものはね、色んなものを試してみたいと思うんです。自分がどういう立ち位置であっても、それはワインであっても料理であっても、楽しくて素敵な事を探すのがいいですよ。

これとこれはダメって決めつけちゃうと、それしか見えなくなってしまう。せっかくシガーを吸いながら楽しい人生を送ってるんだから、なんかね、共通点を探すのが面白くて楽しいですよね」

 

本場には、そういう決まりはない。

「料理もいつもそう。白ワインと肉料理は合わないって日本人は言ったりするけれど、フランス人は白ワインと肉料理を一緒に食べてます。魚料理の時も赤ワイン飲む。好きなときに、楽しい事をしたほうがいいんですよ。

ただ日本人の場合はね、ちゃんとしないといけないという真面目さが心の中にある。日本人の大事な文化なんですけれどね。不真面目じゃないんですよ、生真面目。ちゃんとしなきゃだから、白の時は魚、赤の時は肉というところがあるんですよね。僕はそう捉えてる。それも素敵だなと思うんです。

だからシガーの吸い方もちゃんとしなきゃ、と思うんでしょうね。

 

それはそれでいいことだと思うんです。フランス人にたまにいるけれど、こんなにでかい灰皿なのに、なんでここに灰が入らなんだよっていうのがいるし(笑)それでカフスもシャツもシガーの灰で汚して真っ黒にして(笑)

ポケットが燃えてるのも見ましたね。シガーを吸っていて、消したつもりでそのままポケットに入れて、燃えて穴が開いて。『ポケットから煙でてるよ!』っていったら驚いてうわ〜って中身を出したら吸いさしの葉巻と灰。カットするハサミも持ってない。ずぼらとは違って、それが普通で、生活なんです」

 

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今回吸っていただいたトリニダ ヴィフィア。RG54×114mmのハバノスの新たな潮流。

 

そうしてシガーは生活の一部になった。

「そんなこんなで、僕もシガーが生活の一部になりました。シガーとは、クールダウンする時間に必ず手に取るもの。僕の癒しですね。

そして必ずお酒。シガーを生かしてくれるドリンクが合わさり、なんかほっとできる時間が手に入るんですよね。仕事終わって、ゆっくりとすごせる時間。それは必ずシガーとともにあります」


 

田中 彰伯(たなか あきのり)

日本のシェフ(フランス料理)、画家。1961年生まれ。東京都杉並区荻窪出身。

15歳の時にフランス料理界に入る。23歳でフランスへ渡航。パリ7区の一ツ星レストラン「ラ・ブールドール」でシェフ代行として務めた後、南フランス(ムステイエ・サントマリー)にある「レ・サントン」のシェフを務めミシュランの1つ星に格上げする。同時期に独自の真空調理法を開発。

日本に帰国した後、代官山の「ロジェ・ベルジェ」の総料理長を務め、1993年に、フランス料理店「レ・クリスタリーヌ」を開店をかわきりに、「コンコンブル」、「クレッソニエール」と展開を成功させる。

1994年にはエスコフィエ協会に入会。現在は料理人として地域活動に参加する一方、フランス料理を題材とした画家として、数々の美術展に入選を果たしている。