葉巻人|佐藤裕久

2016-05-31

バルニバービが仕掛ける店舗はCAFE GARBやアダッキオ、リバーサイドカフェ シエロ イ リオなどとても多い。だが、同一ブランドによるチェーン展開ではなく、そのお店独自のブランドを持つ個店のようなお店なので、グループであると気づかない人も多いのではないだろうか。

しかし、そういった個性を持つ店舗こそが佐藤さんが代表を務めるバルニバービの強みだ。

 

「葉巻人」ではお好きなシガーを事前に教えてもらい、それを吸ってもらいながらお話を聞くのだが、佐藤さんのオファーはロメオ・イ・フリエタ ワイドチャーチルだった。

 

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「僕はこれ!という好きな葉巻というのがあまりなくて、気分屋なんですよ。こういう太いゲージとか細巻きや長いもの、いろんなものを吸いたい人なんです。お話をいただいたとき、ちょうどこれがいいかなと頭に浮かんできたんです。僕は普段、タバコのようにシガーを吸うんですが、いつもワイドチャーチルなんて吸ってたら寝所がもたない(笑)

普段はペティコロナくらいのサイズのニカラグアとか。まあまあ安いのがあるんですよ。そしてちょこちょこ好きなのを吸う、という感じです。

元々ブルーベルさんと取引があるんで、うちではシガーバーっぽいのをやってるんですよ。ぽいというのは、実は自分のためだけにシガー置いてるんで(笑)

もちろんたまにお客さんが買っていくこともあるので、ちゃんとブルーベルさんにコンディションを整えてもらって、良い状態にしてあります。今回ゲージが太いのがいいかなと思ったのは、あまり小さいシガーも映えないかなと思ってね(笑)

僕はやたら飛行機とかの移動が多いので、シザーは持ち歩かないんですよ。だから基本的にパンチカッターなんですね。こういう太いものを吸う時は、これで4発あけたり(笑)」

 

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愛用のシグロのライター。底面にパンチカッターがついている。

 

月に100本はシガーを吸うという佐藤さん。シガーをはじめるきっかけを聞いてみた。

 

「生まれて初めてシガーバー的なものに行ったのが、渋谷のラファイエットでした。いま僕は54歳なんで、たぶん35、6のころかな。ビールメーカーの人に連れられて行きました。

うち、食べ物屋やってるでしょ。担当のビールメーカーの人だったんですよ。『佐藤さんお酒飲まないよね?』って話になって、でもお酒飲まないでもバーは行きたいわけなんですよね、いろんな面で。

まず自分でぼーっとする時間はすごく大事やし、お姉ちゃん口説くにもバーはいいし(笑)にも関わらず、お酒飲めないねという話をしてたんですね。そしたら、葉巻初めればいいじゃん、みたいな流れで行ったんですよ。

当時僕は『葉巻!?何それ、タバコも吸わないのに』って感じでした。それが20年くらい前かな。大阪にシガークラブができたばっかりくらいのころかな。

 

バーに行くために葉巻を吸ったんですよね。バーに行ってね、ウーロン茶とは言わないけれども、ちゃんとしたバーテンダーがいらっしゃるところで、ノンアルコールのものを頼むっていう事に対してものすごい自分の中で引け目を感じてたんですね。なので、バーだけど葉巻も置いているバーというのがね、僕にとってベストなんです。それだけで、居ててもいいのね、という気持ちに自分がなる。昔はバーに居てて『すいません』って言ってたんですよ。僕お酒飲めないんですけど、って。

そういう意味で言うと、葉巻を置いてくれてる時点で、僕はそこに居てもいいと言ってもらえてる気になるんです。

 

バーでお酒飲まずにぼーっとする、っていうのもちょっと語弊があるんだけれども……僕は社会に出て30年ちょっとなんですけど、今まで27年間経営者してるんですね。で、経営者ってひたすらモノを考えるじゃないですか。基本的に決済は全て経営者が決めなければいけない。としたら、誰にも相談するわけでもない、自分自身に向き合う時間というのがとても重要になってくる。そのときね、葉巻っていうのはものすごい僕をアシストしてくれるんです。

薪ストーブの炎の揺らぎをぼんやり見て、瞑想してモノを考えるという人もいれば、遠い海をずっと見つめて、という人もいる。僕はそれと同じ意味で、葉巻の漂う煙なんですよ。僕にとってはね、寄り添ってくれてるもの。友達じゃないな……なんやろ、寄り添って支えてくれてる、何か『影の人』みたいな感じかな。

お姉ちゃん口説くときにも役立つし。役立つというのはね、バーがね。あんまり居酒屋でも口説けないし、フレンチって感じでもないし、やっぱりバーかな、というね(笑)」

 

葉巻をくわえると人は饒舌になる。佐藤さんのお話は硬軟絡めて、まるでキューバシガーのような語り口調だ。

 

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「初めて吸ったのはモンテクリストだったと思います。No.2だったかな。『佐藤さんはこれくらいのゲージのが似合うんだよ』と言われて。

確かはじめのころは、かなり葉巻酔いしてたと思います。加減が分からないから、お酒と同じで何本も吸ったりすると気分が悪くなったりするじゃないですか。そういうのも何度かあったんだけれども、葉巻だけはなぜか離れようと思いませんでした。やめようとは思わなかったんですよね。

 

今どきは、煙環境って良くないじゃないですか。かなり限られてきてますが、僕の会社では僕の部屋はOKにしています。普通に、事務所は禁煙ですけれども。

自分の部屋でのミーティングのときなんかは吸えるので、そのときはずっと吸っていますね。僕の部屋には空気清浄機が3台置かれてますし、会議もテラスで行う事もしばしば」

私生活でも仕事でも、シガーは手放せない存在だという。そんな佐藤さんに、シガーに関する思い出を教えてもらった。

 

「いくつもあるんですけれどね、ひとつあげるのなら脇田さんのことかな。

結果的に僕を本当に葉巻に深く導いてくれたのは、渋谷のバー・ラファイエットの元オーナー、脇田さんでした。

もう今から十何年も前なんですけれど。あの人とね、わずか三週間くらいだったんですが、キューバで家を借りて一緒に住んでたんですよ。

期間中に音楽祭があって、それこそチューチョ・バルディスなんかが目の前で演奏してくれる。カストロの息子さんとコミュニケーションとれたりとか、向こうの副大臣とかといっしょに色々やろう、とか話があったりとか、いろいろな出会いがありました。

キューバは貧しい国なのに、みんなが笑って、歌って、踊って、そして町中でみんなが葉巻を吸っていて……そんなのを見て、葉巻、キューバの音楽、ダンス、すべてがすっと僕の中に入っていった至福の三週間でした。

僕は自分でもそういうのを見て『あ、シガーバーとかできるといいな』とふと思って……そうするとね、向こうの方からいい話があって……。脇田さんからも背中押してもらう事もあって話をしたりしたんですが、ご縁がなく実現はしなかったんだけど。

それで、脇田さんがすごく恐縮してくれてね。『ごめんなー、わざわざ時間使わしてごめんなー』って。けれど僕は、葉巻吸って楽しかったし、ぜんぜんそんなこと思わなかった。

そのあとしばらくして、脇田さんがちょっと調子悪いから入院するってことになって。結局そこから入退院がいくつかあったんですけれども、半年後に亡くなってしまったんですね。

 

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みんなが葉巻のせいだっていうわけですよ。でも僕は、そうは思わない。絶対的な原因はわからないでしょ。

ならば、僕はむしろ脇田さんの、多分最後にキューバに行った友達……友達として僕は死ぬまで葉巻を吸い続けてやろうと。脇田さんとともに。脇田さんはめちゃめちゃナイスガイだったんですよ。皆さんに愛されたアーティストでね。

とはいっても、年に1回くらい通常の健康診断以外にもファイバースコープで喉の検診は行っているんです。体中健康診断してね。吸っている人とは思えない程きれいですと言ってもらってますよ。

僕は関係ないと思う。もちろん、リスクはゼロではないやろうけれど、体質によるんやろうし、なるときはなるから。葉巻をそんなに嫌わないでくれよ、みたいな。そんな感じですかね」

 

佐藤さんに葉巻を吸うとっておきのお気に入りの場所を聞いてみた。

 

「うちは蔵前っていう、隅田川沿いの場所にビルを持ってるんです。その最上階に隅田川が見れて、スカイツリーも見れるテラスをどんと用意したんです。そこが僕の最高の場所です。夜は営業してるんで当然お客さんの席ですが、昼間はそこでミーティングしてるんですよ。

 

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Privada、絶好のローケーション。

 

テラスっていってもね、しっかりした屋根があるんですよ。ルーフを延長させてゆったりソファを置けるようにしてあるので、雨でも使える。そこにはシガーも常時2、300本置いていますよ」

 

佐藤さんが代表を務めるバルニバービが展開するお店は、シガーも吸えるお店が多いのでスモーカーにはありがたい存在だ。そのシガーをはじめてから、自分自身にどんな変化が起こったのか。

 

「それはめちゃめちゃありますよ。ひたすら親父に言われてたんですけれど、落ち着きがない子や、いつもガチャガチャしてると。そうずっと言われてましたが、葉巻を吸うようになって……普段はガチャガチャしているのは変わらないんでしょうが、ゆったりする時間を身につけられた。モノを考えるという瞬間を。

それでもお前はちょっと早く吸いすぎやとよく言われたりするくらいなんだけれど、自分にとってはゆっくり時が流れてるんですよね。

はじめの頃、葉巻はそんなに吸うもんじゃないんだという事を言われましたし、一日一本好きなのを美味しいと思って吸うもんだよ、という事も言われたけれど、それは違うよねと僕は思ってる。自分にとってどうなのかという、それだけなんです」

 

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至言である。そんな佐藤さんにとって、シガーとはどういうものなのだろうか。

 

「さっきの繰り返しになるんですが、寄り添ってくれる友達なんです。

僕がガチャガチャにいってるときに無口ですっと後ろに居てくれるみたいな。

友達というか……恋人ではないんだよな。でもね、いつまでもずっといてくれたらいいなと思う人なんですよ」


 

佐藤 裕久(さとう ひろひさ)

1961年生まれ。株式会社バルニバービ代表取締役社長。

現在、東京・大阪をはじめ全国に68(2016年4月末)店舗のレストラン・カフェやスイーツショップを展開。ヨーロッパの年月を熟成していくスタイルにインスパイアされた感覚のカフェにより、大阪・南船場の性格を決定づけた仕掛人でもある。既成概念にとらわれない経営手腕で関西・関東飲食業界を牽引する。地域に根差した店舗作りを展開する傍ら、商業施設のプロデュースや、起業・経営についての講演会なども行い、幅広く活動する。

2015年に株式会社バルニバービは東証マザーズ上場。著書に「一杯のカフェの力を信じますか?」(河出書房新社)「日本一カフェで街を変える男」(グラフ社)がある。