コラム|刑務所の靴

2015-06-22

「刑務所で作った靴」が、一般に販売されているという。
ある日ネットの海をフラフラと漂っていた私は、刑務所作業品のオーダー靴があるという情報を入手した。
なんでも、刑務所内の懲役作業として製作される靴で、人件費が限りなくゼロなので市場流通品に比べ異常なまでに価格が安く、それでいて品質もある程度良いらしい。

場所は千葉刑務所だという。
GoogleMapで検索してみると、京葉道路貝塚出口から一般道を若干走った場所にあるように見受けられる。行けない距離ではない。
早速、唯一の公式サイトである紹介ページから「担当:鈴木」氏にアポイントを入れ、一路千葉へと向かった。

千葉刑務所紳士靴ラインナップ

 

千葉刑務所に到着すると、その何とも味わいのあるレンガ造りの建物に驚いた。

あとで調べてみると、千葉刑務所は「明治の五大監獄」のひとつとのことで、歴史ある由緒正しき刑務所だったことがわかった。
 
受付で名を名乗り、向かうべき場所を伺った。
指定された部屋は刑務官の方が作業をされる事務室のような場所だった。
来客用の会議室などではない。
その中心部にポツンと置かれた打ち合わせ用の椅子で・・・足の採寸やサンプルシューズの確認などを行う。
何とも奇妙な感覚だ。
 
採寸・オーダー内容のヒアリング・納品後の連絡まで、靴担当の刑務官である鈴木氏がすべて担当してくださるとのことだった。
靴を実際に作ってくださる受刑者の方には、やはり会えないらしい。
鈴木氏はかなりの靴マニアで、私などのニワカでは対等に話せそうもない。
素直に解説に耳を傾け、サンプルを舐めるように確認し、出してくださった熱い日本茶を啜りながら考えに考えた。
 
千葉刑務所でオーダーできる靴は、セミオーダーと木型から削りだしてくれるフルオーダーの二種類がある。
 
前者の代金は39,900円、後者は最近値上げしたそうで70,000円前後。
双方とも、10分仕立てのハンドソーン・ウェルテッド製法で制作されており、いずれも破格の安さであると言わざるをえない。
また、アッパーに使用する革を用意があるものからチョイスできたり、ソールの形状をフィドルバックにできたり、ある程度カスタマイズが可能である。
私がヒアリングした限りの内容を記載するので、オーダー時の参考にしてほしい。
 
【フルオーダー】
ラストから起こし靴を製作する、いわゆるビスポーク。
今回注文する予定は無かったので詳しくは伺っていないが、ネットの情報だと「経験値が低くてお勧めしない」とのこと。
フルオーダーで製作されたサンプルも存在しなかった。
 
【セミオーダー】
ラストはロングノーズやワイズが広いものなど既成の数種類から選択可能で、乗せ甲対応が可能。
そのラストをもとに、ストレートチップやウイングチップ、ホールカットなどのアッパーの形状を選択できる。
 
【選択できる革】
デュプイ社 アニリンカーフ
イルチア社 ラディカカーフ
アネノイ社 ボカルーカーフ
 
ソールは一種類。色の選択は可能。
 
【その他オプション】
ピッチドヒール、フィドルバック、アッパーの革のリカラーなど、応談。
 
最終的に私は下記のようなオーダーに至った。
・ビスポーク or セミオーダー
 →セミオーダー(乗せ甲無し)
 
・アッパーの革
 →イルチア社 ラディカカーフ
 
・アッパーの形状
 →ホールカット
 
・オプション1(アッパーのリカラー/無料)
 →ライトブラウン系の革を強く脱色し、ワインレッドを入れ、バーガンディ系の色にする
 
・オプション2(ソールの形状/無料)
 →ヴェヴェルドウエストかつフィドルバックにする
 
・オプション3(ソールのリカラー/無料)
 →ソールをアンティーク仕上げにする
 
・オプション4(ヒールの形状/無料)
 →ピッチドヒールにする
 
 
ひととおりオーダーが終わった。
納期は3ヶ月から4ヶ月で、商品は郵送で届くらしい。
また一度採寸をしてしまえば、次回からのオーダーは凝らない限り電話で済ませることが可能だ。
千葉刑務所まで距離のある方にとっては嬉しいポイントである。
私は代金を支払い丁重にお礼をし、まっすぐ家に帰った。
 
オーダーからちょうど3ヶ月経った6月中旬、鈴木氏から電話があり「発送しましたよ」とのこと。
届いた直後の品物の画像をお届けする。
 
 
予想以上の出来栄え。
堂々とした風格があり、手に持った時の「イイモノ感」もたっぷりである。
また色味もイルチア・ラディカカーフの独特のムラ感を生かした繊細な味付け。
甲は高いが(甲の高さを下げることはできない)、瑣末なことである。
 
 
ハンドソーンのピッチもまずまずであり、十分な見栄え。
また、靴全体が丹精込めてピカピカに磨かれており、幸せな気分になる。
 
 
小ぶりのヒール、絞られたウエスト、ソールのアンティーク仕上げ、化粧釘。
実に見事な仕事である。
欲を言えばフィドルバックにもう少しメリハリがあればなお良し、である。
 
 
堂々たるChiba Hand Sewn Weltedの中敷き。
 
 
全体を眺めると、何より、アッパーの色合いが美しい。
屋外に持ち出すと、光の加減でライトブラウンの色味もじわっと感じられ、色に奥行きが出ている。サントーニにも負けない味わいがある、と私は思う。
 
千葉刑務所は、「初犯で刑期8年以上」の重初犯者が服役している刑務所である。
長期に渡るステイゆえに、高度な靴の製作技術を培うことができる、と鈴木氏は仰っていた。
受刑者の方々は、いずれ罪を償い、磨き上げた技術をもって、また一般社会で我々と同じような暮らしを送るのだろう。
 
その時、私はこの靴を作ってくださった方に、またもう一足オーダーをしたいと切に思っているが、それは一生叶わない。
 
 
Text by S.Oya