Ne Plus Ultra|六本木の古城にて

2015-09-27

六本木は俳優座の裏、たこ焼き屋のある細い路地を歩いていくと、右手にその店はある。
銃剣を持った守衛こそ居ないが、鉄の格子に囲まれた入り口はさながら中世ヨーロッパの城、である。
ただならぬ存在感をたたえた雰囲気だ。
ここは本当に飲食店なのか、と一瞬怯むが、カードキーをかざしロックを解除し、重い扉を開け暗い階段を手探りで下ってゆくと、濃厚な葉巻の香りがする薄暗い空間が広がる。
既に何人もの客人が葉巻をくゆらせているらしい。

 

 

バックバーを一瞥すると、何やら通常見かけないレアなボトルが並んでいる。
また、その中央には据え付けのヒュミドールが鎮座している。
バーを構成する要素は店によって様々だが、Ne Plus Ultraではあくまでも葉巻が主役なのだ。
何とも凝ったつくりである。
カウンターの後ろには、ソファー席がある。
パンと張った革が放つのは、比類なき荘厳さと重厚感である。
私は本来、葉巻というのはこういう全身を包み込むリラックスできるチェアに腰を埋めて吸うものだと思っている。
背もたれのない丸椅子に座って吸う葉巻も悪くないが、葉巻を吸う目的のひとつにリラックスという要素があるならば、どちらがいいのかは明白だ。

 

 

腰を落ち着け、よきタイミングでオーダーに入る。
私は通常、葉巻1本に対して2~3杯の酒をあてがう。
フルーツ系のカクテルもしくはロングのカクテルで喉を潤し、次に濃厚な酒精強化系ワインかモルト、もしくはグラッパやマール、ブランデーなどの蒸留酒を味の濃くなった葉巻と一緒に味わうという算段だ。
Ne Plus Ultraのカクテルは非常にクォリティが高く、たとえばフルーツカクテルは素材の味わいを第一に考えてメイキングされている。
時に他のバーでフルーツカクテルを頼むと、アルコール感が強すぎたりフルーツ感とアルコール感がバラバラに感じられたりと納得できることが少ないが、ここのカクテルはフルーツ感が全面に出ていながらも秘境の湧き水のように透明な味わいがあり、アルコールも必要十分の量を絶妙にブレンドされており、しっかりとしたコクがある。
実に精度が高く洗練された技術である。

 

 

今回、葉巻はキューバ渡航時に買い付けてきたConde de Villanuevaの”マラウィオソ”というビトラをチョイスした。
サイズはMontecristo Aの長さに、Romeo y Julieta Wide Churchills以上の太さを持つ超弩級ハウスロールである。
12年6月の買い付け当初は味にまとまりがなく、旨味も乏しい葉巻であったが、3年の年月を経てどんな変化が感じられるのかと、いささかはやる気分をおさえながらふくよかな丸みを持つヘッドをフラットカットした。

 

 

刃の入りは良好、ラッパーがほどけることなく綺麗なカットができた。
ハウスロールにありがちな、ラッパーをわざと余らせたフットに強力なバーナーで着火を行う。
副流煙の香りは良い。あたりに心地よいトースト感が広がる。

一口目、煙が入ってこない。
二口目、煙が入ってこない。
三口目、わずかに煙を感じられた。

長大なことにより、火種から吸口までの葉のフィルター効果が強烈で、煙を味わうのに苦労するが、何度か強くドローして得られた煙の舌触りは、マイルドかつ旨味にあふれるものだった。
どこのブランドの味わいともつかない、ハウスロールらしいキューバを感じることのできる味わいである。
テイストの骨格にあるのは、強く心地よいナッツ感であった。
無心で喫煙しながら、Ne Plus Ultra特製鴨の燻製を舐るように味わう。
鴨の脂分が口腔に広がり、よだれが一気にほとばしる。

 

 
通常、長い葉巻というのは変化に富み、ドローするたびに味わいを変え、気まぐれな女性や猫のように振り回されるが、この葉巻はリンゲージが大きいことが関与しているのか変化に乏しい。
強い喫煙を繰り返していくと、徐々にキャラクターを変え、驚くべきことに巻きたてのフレッシュシガーにある強い炭酸感が出てきた。
舌の上を踊る炭酸とナッツに翻弄されながら、鴨を頬張り、カクテルを含み味わい、そしてまた喫煙作業に従事する。
実に至福の時間であり、葉巻は精神的満足度の高い嗜好品だなあと、あらためて思う。
 
 
 
二杯目の酒は、材料を失念してしまったが酒精強化系甘口ワインとポール・ジローの53年をステアしたものであった。
味は想像に難しくないだろう。尖ったアルコール感は一切なく、ふたつの酒が完璧に一体化している。
とろけるような深い甘さと、半世紀以上の歴史を舌の上に訴えかけてくる畏怖にも似たコク。
あまりにも完璧だ。至福の極みである。
 
この酒を飲み干すと、葉巻はちょうど2/3に差し掛かったところだった。
まだ吸いすすめることはできたが、ここで私は喫煙をやめることを決断した。
苦渋の決断だったが、「飽き」がきてしまったのである。
罪深い話だが、葉巻が嗜好品である以上、自分が満足できなくなったらそれをやめるべきである。
私は、この葉巻を、全身全霊で味わい、感じたと、自分自身に納得している。
それでいいではないか。
着火から今に至るまでの極上のスモーキング・エクスペリエンスをかき消すような苦労をして、葉巻を最後まで灰にしたところで、その先にあるものは後味の悪い映画を観た後のような喪失感と疲労感と眠気がせいぜいである。
 
 
 
ふと隣に目をやると、凝ったつくりの暖炉が目に入った。
自分が今、東京の六本木にいることが甚だ嘘っぱちに感じられる。
その造形物が、重厚なロンドンの街並みを想起させ、次にセントジェームズにある著名なシガーショップ「J.J.Fox」を思い出した。
そのショップは、一階にウォークインヒュミドールがあり、二階にラウンジがある。
ラウンジでは、開け放された窓から心地よい風が流れ、紳士たちがリラックスしながら思い思いに葉巻を楽しんでいる。談笑があり、上質なコミュニケーションが生まれている。
 
 
 
日本に「シガーバー」は数あれど、「シガーラウンジ」は少ない。
葉巻との相性について、コーヒーだのチョコレートだの、はたまだブランデーだの中国茶だのと活発な論議がしばしば交わされるが、本来もっとも必要であり、相性がいいのは他ならぬ「コミュニケーション」である。
もちろんコミュニケーションの形態には独りで自分と向き合うものと、仲間と楽しむことのふたつのパターンがあるが、後者をエンジョイするための場所が少ない、と私は言っているのだ。

仲間との上質なコミュニケーションを葉巻とともに楽しむ上で重要なのは、座り心地の良いチェアに静かでセンスの良い音楽、信頼のおけるバーテンダー、上質な酒に相性を考えたつまみ、そして照明をギリギリまで落とした空間とインテリアの適切な配置と距離感であり、このなかのひとつでもピースが外れると心からの納得は得られないものである。

 
Ne Plus Ultraは、その意味で実に貴重な”シガーラウンジ”である。
会員制ではあるが、会員になることのメリットはあまりにも大きい。
東京23区を中心に活動しているシガー・ラヴァーであれば、会員にならない手はないだろう。

 
闇の中での仲間との密会を楽しんだあと、出迎えてくれたのは六本木のネオンだった。
明るく浮足立った街をつまみに、私は喉が詰まる充実感につつまれていた。
 

Ne Plus Ultra】(ネ プラス ウルトラ)

東京都港区六本木4-9-1 佐竹ビル B1F
営業時間:15時〜3時(日曜15時〜1時)会員制

電話番号:03-3475-5525

定休日:年末年始

[シガーマップ]「Ne Plus Ultra」のレビュー

 

Text by S.Oya